2011/01/18

フランスのオトコとオンナの事情6

アンヌと妹が父の家に行くと必ず2人の好物が揃えてあった。台所の開き戸を開けると、アンヌの好きなチップスとコカコーラ、妹にはチョコレート入りのコーンフレークとフランボワーズのシロップがある。父子3人でピザを作ったり、ビデオを借りてきてアニメを見たり、楽しい週末を過ごした。

ある日、父は流行りの「FUTON」を見に出かけた。これは和風ベッドで、フランスベッドよりも低めで、カバーに漢字がデザインされている。シラク前大統領の親日派ぶりはよく知られているが、一般のフランス人のなかにも日本に関心を持つ人々が多くなってきた。父もその一人で、日本映画を好んで見るようになり、日本の古書や根付を収集し、ついに部屋を和風に改造しはじめた。

和風ベッド到着とともに、父の家に大きな変化が現れた。建築家の女性がいつも父の横にいる。「FUTON」を見に行って父と出会い、父の新しいベッドに転がりこんできた。アンヌたちの週末も変化した。手作りピザは冷凍食品か宅配ピザに代わり、アニメはハリウッド映画に代わった。

この女性は、父の家に入り浸りになり女主人のように振舞った。やがて、父に相談なく建築事務所を退職し、父に経済的に依存するようになる。フリーでも自立できるはずの職業にもかかわらず父に依存したのは、「妻の座」を獲得するため。父との関係をmon compagnonma compagne(パートナー)という同棲相手にとどめたくなかったのだ。

父は3回目の結婚式を挙げた。しかし、仕事を理由に家で過ごす時間は減っていった。父は3ヶ月ほど他の女性のアパルトマンへ逃げこんではまた舞い戻ってくる。不安定な結婚生活を送る父に、アンヌの母親、つまり父の最初の妻がある提案を持ちかけた。パリ郊外に大きな家を探し共同生活をしよう。アンヌの母が全ての準備を整えると、父は3番目の妻を一人残してパリ郊外の大邸宅に引っ越した。

3番目の妻との婚姻関係が続いたまま、最初の妻との共同生活が始まった。父は、3番目の妻が示した多額の慰謝料支払いのため昼夜を問わず働いた。ようやく離婚が成立し、父は最初の妻と同居しながら恋人たちとの生活を楽しむようになった。

ある年のバレンタインディ、3番目の元妻は自ら命を絶った。「妻の座」獲得以外に生きる目標を失った女性の末路。一方、フランス人女性とは暮らせない、と判断した父はアジア人、特に日本人女性ばかり物色しはじめた。

(mainichi.jp 2007年5月25日掲載)

2011/01/17

フランスのオトコとオンナの事情5

アンヌの向かいの部屋は、2週間ごとにやってくる妹の場所だが、半年に一度、父の2番目の元妻が恋人と週末を過ごす。口実は、パリで過ごす娘(アンヌの妹)を送り届けるためだと言うが、実際は、宿泊費をかけずに恋人とパリで過ごすだめだ。父は<家族>全員で食事をしようと誘ったが、2人はセーヌ川のクルージングに出かけてしまった。

父はアンヌが3歳の時、2番目の妻となる女性に出会った。父は「le coup de foudre」(落雷のような一目惚れ)だったと言う。彼女は、ブルターニュ地方の小さな町の看護婦で、夫と2人の子どもとごく普通の生活をしていたが、父と出会ってから夫婦関係が冷えていくのを感じた。モン・サン・ミッシェルを散策した時、「ただの浮気ではない」、そう確信した彼女は夫に婚姻の解消を申し入れた。

大方の日本人は、夫婦関係が冷え切っても子どものために離婚しないがフランス人は違う。現代女性の傾向を調べた世論調査によると、女性の73%が離婚を選び、子どものためにふみとどまるのは19%ほどだ。(世論調査会社TNS-Sofres 2005年2月の調査)フランスでは半数以上の夫婦が離婚にふみきり、多くは女性から切り出している。

看護婦の夫は驚きと悲しみのあまり、家族の目の前で命を絶ってしまった。この時、アンヌの父は彼女の2人の幼子を自分の子どもと同じように育てていこうと決めた。

ところが、2人の間に生まれた娘が3歳になると、看護婦は患者と恋におちた。彼女は、3人の子どもを連れて新しい恋人の家へ転がり込んだ。アンヌの父は3歳の娘のそばにいたいあまり、近くにねぐらを構えた。週末、アンヌと妹が別々の場所からやってきて父の家に集った。パリ郊外の大邸宅に引っ越すまでは、父子3人の時間が確かにあった。

父の2番目の妻だった看護婦は、公私をはっきり区別し、プライベートでどんな困難に出会っても仕事をやめない。父と離婚後、患者たちと同棲を繰り返し、子どもたちを伴って住処を点々としているが、仕事のキャリアは着実に積み上げている。フランスの25歳から49歳の女性は8割以上が仕事をしている。(国立統計経済研究所Insee 2005年の資料)仕事と家庭の両立は可能だ。

彼女の3人の子どもたちは、母親の生き方に疑問を投げかけたことはなく、それぞれの道を究めている。彼女も迷いはなく「家族を犠牲にした」などとは微塵も感じていない。

(mainichi.jp 2007年5月18日掲載)

2011/01/13

フランスのオトコとオンナの事情4

アンヌの20歳の誕生日、父は自分の友人たちを自宅に招いた。キッチンに細長いテーブルを2つ並べ、北アフリカの名物料理タジンでお祝いがはじまった。レストランを経営するモロッコ人夫妻による特製品、羊肉と野菜や豆の煮込み料理だ。

父がテーブルの一方に座り、反対側には父の恋人。父の隣はアンヌと彼。その隣がアンヌの母と恋人。招待客のなかには、毎回同伴者が変わるリオネルと恋人や、ベトナム人と再婚した雑貨店経営者、それに恋人ができない男と老父がいつも通り寄りそって座っていた。

父はまもなく4人目の妻を迎えようとしている。それを上回るのが友人リオネル。すでに結婚歴7回、子どもは婚外子を含め11人。内装関係の事業が軌道にのり、金に不自由ない裕福な暮らし。新鮮な恋のためなら慰謝料支払いも物ともしない。いまの恋人は2人の娘を夫のもとに残し、リオネルの元へやってきた。リオネルは8人目の妻に選ぶだろうか。

フランスは、EUで最も高い出生率を誇るが、婚外子が半数以上にのぼる。正式な結婚だけが愛の形ではない。例えば、1966年のカンヌ映画祭で最高の賞(パルム・ドール)を受賞した映画「男と女」、監督のクロード・ルルーシュは結婚したのは2度でも、4人の女性との間に7人の子どもをもうけている。恋愛映画の大御所、クロード・ルルシュは、2007年のカンヌ映画祭(516日~27日)でも3つの作品を披露する。

アンヌの誕生会は、食後酒にアルマニャックがふるまわれ男たちは別室で葉巻を吸い始めた。白髪が混じりはじめたオトコたちが恋の話に花を咲かせている。

雑貨店経営者はベトナム人の妻と2人の娘との生活に満足しているが、フランス人の愛人たちも手放せない。パリでは正妻がフランス人で、愛人が外国人というケースが目につくが、彼は2度目の結婚で外国人を正妻にした。cinq-à-sept(夕方5時から7時まで)、職場を出て自宅に戻るまでつかの間の時を愛人と過ごす。

40歳を過ぎても恋人がいない息子に寄り添う老父はいつも息子の話ばかり。まるで息子に恋をしているかのようだ。結婚歴7回のリオネルは、どうやら別の恋人がいるらしい。マルタ島へのバカンス旅行を計画中だ。

恋に生きるオトコたちは人生を満喫している。

(mainichi.jp 2007年5月11日掲載したものを一部修正)

2011/01/12

フランスのオトコとオンナの事情3

アンヌの部屋は三階の階段を挟んで右側にある。左の部屋は2週間ごとにやってくる妹の部屋だ。父は2つの部屋をはさんだ階段の踊り場に大きな机を置いて、時折ぼんやりと座っていることがある。階段を昇り降りする娘たちとたわいない言葉を交わしたり、時には真剣な話をしたり、家族らしい時間と空間をつくるための父なりの努力だ。

「パパとお前の関係は何も変わらないよ」、アンヌは何度この言葉を聞いただろう。父はアンヌの母親と離婚した後、2人のフランス人と再婚・離婚を繰り返した。その後、数え切れない女性が現れては消えていった。パートナーが変わっても父はアンヌに変わらぬ愛情を注ぐと約束した。

数年前、父子関係で印象的な出来事が話題になった。民放テレビ局のメインキャスター同士の恋と告白。頭文字を略してPPDAと呼ばれ親しまれている男性キャスターは妻と娘がいる。ところが彼は、看板女性キャスターとの間にも息子を一人もうけた。10年後、著書のなかで息子の存在を明らかにし、息子への愛情を公に示した。

日本だったらどんな処分が待っているだろう。フランスでは、多様な生き方を寛容に受け止める。2人ともキャスターの資格を問われることなくお互いのキャリアを積んでいき、今回の大統領選挙でも2人ならんで特番放送を担当した。不倫関係にあったと後ろ指を指す人はいない。

アンヌの父も不倫・再婚・離婚を繰り返し、パートナーを次々に変えていくが、悪く言う人はいない。むしろ、娘たちを愛で、複合家族として時を過ごした元妻の息子セバスチャンを家族同様に迎え入れる寛容さに目を細める人々が多い。

しかし、父の愛情が上手く伝わらないこともある。アンヌに妹ができた時、つまり父が2番目の妻との間に子どもをもうけて以来、変わらないはずの愛情はより多く妹へ向けられている。ある日、アンヌは父の関心を引こうと、身体に小さなタトゥーを入れた。その数がひとつ、またひとつ増えていった。右肩のタトゥーは日本語で「愛」とある。

アンヌの父親は、娘からのシグナルがなんであれ、新しいパートナーとの恋に生き続けている。彼の友人たちも然り。

次は、父の友人を通してオトコたちの生き様と愛情をさらに深く観察して見よう。

(mainichi.jp 2007年5月4日掲載)

2011/01/11

フランスのオトコとオンナの事情2

アンヌの家は、表通りから入ると二階建てに見えるが、緩やかな坂を下って裏庭に回ると三階建ての大きな邸宅なのがわかる。部屋数が多いからだろうか、人の出入りが多く、複雑な関係の人々が<家族>のように同居している。バルコニー付きの最も大きな部屋は父親が恋人と使っており、その向かいの部屋に母親と恋人が暮らす。

母親は父と別れてからずっとフランスの海外県、カリブ海のマルチニック島やアンティル諸島出身の恋人とのつかの間の恋を楽しんできた。なかにはフランス代表のサッカー選手ティエリ・アンリにそっくりな恋人もいたが長くは続かない。再婚も望んでいない。いつも父の周辺に居所を構え、父との友情が再び愛情に変わる日を待っている。

アンヌの両親が特別なわけではない。新しいフランス大統領に選ばれた(2007年5月16日に就任)ニコラ・サルコジ氏と妻セシリアも恋に生きている。2人は再婚同士で前のパートナーとの間にそれぞれ2人ずつ子どもがいて、2人の間にも息子が一人いる。

サルコジ氏は4月22日の第一回投票の際、<家族>で投票所に姿を現した。<家族>とはいえ2人の娘とは血のつながりはないが、フランスメディアは ses filles(彼の娘たち)と紹介する。日本とちがって政治家のプライベート面には触れないのが暗黙の了解だ。

サルコジの2番目の妻、娘たちの母親セシリアは2年前の春、サルコジ邸を去り新しい恋人の元へ去っていった。珍しくテレビでプライベートな質問を受けたサルコジ氏は「そっとしてくれ」と静かに答えた。エネルギー溢れるいつものサルコジ氏とは全く違う表情だった。しかし、妻不在の間、サルコジ氏は日刊紙フィガロの記者とのつかの間の恋愛を楽しんでいたという。

投票日の<家族>の姿は、選挙用パフォーマンスなのだろうか、それともサルコジ氏が待っていた妻セシリアの愛情が復活したのだろうか。

サルコジの元に妻が戻ったように、アンヌの母親は父が自分の元へ戻ってくると長い間期待していた。父が別の女性と再婚しても、恋人ができても、父とのコンタクトは欠かさない。娘アンヌの子育てを口実に父と<家族>3人になる機会をつくりだそうとする。しかし、父の隣にはいつも別の女性がいる。

軽い恋愛を楽しみながら、真剣な恋愛にかけるフランス人。家庭があっても恋愛は次から次へと始まっていく。(mainichi.jp 2007年4月27日掲載)