アンヌと妹が父の家に行くと必ず2人の好物が揃えてあった。台所の開き戸を開けると、アンヌの好きなチップスとコカコーラ、妹にはチョコレート入りのコーンフレークとフランボワーズのシロップがある。父子3人でピザを作ったり、ビデオを借りてきてアニメを見たり、楽しい週末を過ごした。
ある日、父は流行りの「FUTON」を見に出かけた。これは和風ベッドで、フランスベッドよりも低めで、カバーに漢字がデザインされている。シラク前大統領の親日派ぶりはよく知られているが、一般のフランス人のなかにも日本に関心を持つ人々が多くなってきた。父もその一人で、日本映画を好んで見るようになり、日本の古書や根付を収集し、ついに部屋を和風に改造しはじめた。
和風ベッド到着とともに、父の家に大きな変化が現れた。建築家の女性がいつも父の横にいる。「FUTON」を見に行って父と出会い、父の新しいベッドに転がりこんできた。アンヌたちの週末も変化した。手作りピザは冷凍食品か宅配ピザに代わり、アニメはハリウッド映画に代わった。
この女性は、父の家に入り浸りになり女主人のように振舞った。やがて、父に相談なく建築事務所を退職し、父に経済的に依存するようになる。フリーでも自立できるはずの職業にもかかわらず父に依存したのは、「妻の座」を獲得するため。父との関係をmon compagnon・ma compagne(パートナー)という同棲相手にとどめたくなかったのだ。
父は3回目の結婚式を挙げた。しかし、仕事を理由に家で過ごす時間は減っていった。父は3ヶ月ほど他の女性のアパルトマンへ逃げこんではまた舞い戻ってくる。不安定な結婚生活を送る父に、アンヌの母親、つまり父の最初の妻がある提案を持ちかけた。パリ郊外に大きな家を探し共同生活をしよう。アンヌの母が全ての準備を整えると、父は3番目の妻を一人残してパリ郊外の大邸宅に引っ越した。
3番目の妻との婚姻関係が続いたまま、最初の妻との共同生活が始まった。父は、3番目の妻が示した多額の慰謝料支払いのため昼夜を問わず働いた。ようやく離婚が成立し、父は最初の妻と同居しながら恋人たちとの生活を楽しむようになった。
(mainichi.jp 2007年5月25日掲載)