2011/02/14

フランスのオトコとオンナの事情7

アンヌと妹の部屋をはさんだ階段の踊り場。大きな机を置く父は、ここでコンピューターに没頭することが多くなった。座右には日本語の辞書があり、メールのやりとりに挨拶など簡単な日本語を交えている。アンヌに写真を撮ってくれとカメラを渡し、上目遣いに微笑んだ。

最初の妻だったアンヌの母と共同生活が始まると、父はアジア系の恋人を連れ込むようになった。最初はラオス人、続いてベトナム人。次第に、台湾人や中国人。パリにも中華街があり、中華料理を食べに行っては新しい恋人に出会った。

父のように、フランス人女性との結婚生活が破綻するとアジア系の女性を追い求めるフランス人男性がいる。「どこに行けばune femme asiatique(アジアの女性)に出会えるの?」パリの街角で何度も耳にした言葉だ。アジア系の女性はおとなしく従順だというイメージにとりつかれている。このような男性を「アジセン」(アジア系専門)と呼ぶ。

父は日本文化に興味があり、次第に大和撫子を探し求めるようになった。「アジセン」から「ジャポセン」(日本人女性専門)へ。パリ市内の日本書店や日本語を教える学校などにアノンス(小さな広告)を貼り歩いた。《日本に興味があります。フランス語と日本語の交換授業をしませんか?》。

フランス語で交換授業はéchange という。授業料をかけず、会話に磨きをかけたい日本人と日本語を学びたいフランス人にとって効率的な言語習得方法だ。多くの場合、échangeは名目で、お互いにパートナーを物色している。父もéchangeで数人の日本人女性に出会ったが、イメージに合わない。パリで出会う日本人はフランス人女性並みに自己主張が強いと父は嘆いた。

日出づる国 Soleil levantから人生の伴侶を迎えたい父は、とうとうインターネットで日本人女性を探しはじめた。メールでéchangeを申し入れ、写真を交換し、電話をかけあい、遥々日本まで会いに行く。

アンヌの父のパスポートは日本の出入国スタンプで埋まっていく。

(mainichi.jp 2007年6月1日掲載)

0 件のコメント:

コメントを投稿